ananの表紙を見て、我思う。

多くの男性が性的対象としてグラビアを見るように、女性もまた、性的対象として男性芸能人を見ることがある。
恐らくはカメラマンの指示により、何とも言えない雰囲気を漂わせる男性たち。
誘うような視線でこちらを見るから、興味のない私でも一瞬ドキッとする。
と同時に、彼もまた「商品」として扱われていることに気付く。
私たちが欲するのは「自分が好きな」男性像であり、そこから少しでも逸脱した途端過剰なまでに反応するのだ。
そこに「人格」はない。
芸能人である以上、普通の生活など諦めなければならないのだ。
それが良いか悪いかは別として。
かくいう私も「商品」としてのアイドルを愛でる一人。
無意識のうちに彼らの人格を破壊し、「商品」を演じきることを求めているのだ。
時に「プロ意識」という名のオブラートに包み込んで。
 
 
考えただけで寒気がしてきた。
 
 
果たして「他者」を「人間」として扱える人はどれだけいるのだろう?
多くの人にとってそれは「人形」であり、「血の通った人間」ではない筈だ。
(この件について深く考えるだけの余裕と知性が私にはない。ただ、感覚的にそう感じたまで。)