でも、注目はされたい。

迂闊に愚痴もこぼせない、と嘆く人がいる。

独り言を呟いただけなのに批判する人の気がしれない、と憤る人がいる。

何れもSNS上での出来事であり、例え閲覧者が限定された空間であったとしても「不特定多数の目」に晒される可能性は極めて高い。

当然、愚痴を嫌う人もいるだろうし、親身になって相談にのりたいと考える人もいる。

黙って読み流して欲しいと思ったところで、必ずしも期待通りの結果になるとは限らないのだ。

と言うか、吐き出したいだけなら人目につかない場所で叫べばいい。

大抵のSNSには非公開の設定があり、明らかにネガティヴな言動(かつ、誰にも批判されたくない内容)はそうした設定を施した上で書き込むべきだろう。

同情されるのも嫌、説教されるのも嫌だと言うならそれぐらいの気遣いは出来る筈。

でも、そう思わないんだろうな。

自分だけが見える空間では満足出来ないから公開しているのだろう。

ある意味迷惑な話だ。

一度発せられた言葉をどのように捉えるかは残念ながら受け止めた相手に委ねられている。

そんなつもりはない、誤解だよと嘆いたところでどうすることも出来ないのだ。

そんな苦い経験を幾度となく繰り返すうちに、私たちは吐き出す場を考えるようになる。

例えそれがSNSであっても、迂闊に発してはいけないことを自覚しているのだ。

気心の知れた相手なら、黙って聞き流すかもしれない。

けれど、SNSで知り合った人などあなたのことを何一つ知らないのだ。

ただ単に愚痴をこぼしたいだけ…と思わなかったとしても、そのことを責めるのは御門違い。

如何なる反応も拒むというなら、はじめから非公開にすればいい。

そんな単純なことがわからないんだろうね。

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