久し振りに新書を買う

決して得意ではなかったものの、現代国語の授業は苦ではなかった。
例え授業が退屈でも、教科書に掲載された小説の類がどれも魅力的だったから。
中にはそれを切っ掛けとして実際の作品に触れたものもあるし、未だに夏目漱石が好きなのも教科書の影響だ。
尤も「坊ちゃん」の魅力に気付いたのは50歳を過ぎてからだし、「吾輩は猫である」も今なら面白いと思えるだろう。
では当時の私は何が面白いと感じていたのか。
一つは夏目漱石の「こころ」。
若さゆえに思い悩むこともあり、何となく主人公の心情が理解出来る気がした。
勿論錯覚なのだが、それに気づかないのもまた若さというもの。
改めて読み直せば、きっと違った景色が見えるに違いない。
そしてもう一つの作品が遠藤周作の「沈黙」だ。
以前より信仰に対して懐疑的だった私であるが、この作品を読んでもなお、何故人が信仰を持つことが出来るか理解は出来なかった。
出来なかったものの、その後の考え方に大きな影響を与えたのは事実で、心の何処かで「何故人は信仰を持ちながらも平気で他者を殺すのだろうか」と思い続けてきた。
さて、偶々立ち寄った書店で気になる新書を見付ける。
内容は信仰に関するもので、著者はプロテスタント仏教徒に改宗された方。
キリスト教的な考えもわかれば、仏教的な考えにも精通しているらしい。
ちらっと中身を確認した限りでは、私が抱き続けた疑問に対する一つの答えが提言されている様子。
読みかけの書物が溢れている状態での購入には躊躇いもあったが、これも何かの縁と考え、腰を据えて読むことにした。
何、移動中の地下鉄を利用すれば何とかなる筈。
久し振りにに好奇心を刺激され、内心ワクワクしている私であった。