透けて見える何か

我ながら嫌な性格だと自覚しつつ、あるニュースを見た感想など。
 
それは被災地関連のニュースであり、あるメッセージ(何を指すかは各自想像していただければ)に対する反応を紹介していた。
誰も皆嬉しそうな顔で、少なくともそのひと時だけは安堵しているように見えた。
実際そうなのだろう。
形はどうあれ、人の温もりを感じることで乗り越えられる困難がある。
誰かも言っていたではないか。
やらぬ善よりやる偽善、と。
例え売名行為に見られたとしても、実際に行動した方が良いに決まっている。
 
けれど、私はとても虚しい気持ちになった。
美しい言葉の裏に「作為的なもの」を感じてしまったのだ。
心の底からの「善意」さえも道具に変えてしまう、大きな力を。
それが必要不可欠なことは百も承知だ。
やり方はどうあれ、結果的に相手の心を動かすことが大切なことが少なからずある。
けれど、今回の件はちょっと露骨じゃない?
上手く言えないけど、「純粋な気持ち」を道具にしないでよと抗議したい気分だ。
デリケートな問題なので、遠回しな書き方をしたが、これが私の率直な感想。
手放しで「素晴らしい!」とは言えない自分がいる。