春なのに。

何となく気持ちが晴れない。
読書を楽しむ気にもなれない。
読みかけの本はたくさんあるし、電子書籍だって。
書店に足を運んだところで、購入する勇気がない。
どうしたものか。
 
こんな時は写真集でも眺めてみようか。
例えば、猫。
例えば、自然。
心が前を向く日まで静かに過ごそうか。
 
それにしても、購入意欲がそそられない新書が増えた気がする。
昔はもっと濃かった気がする。
イムリーな内容だけに薄っぺらいのかも。
そんなことを思う、3月の夜。

ささやかな幸せ。

今日もパンが焼けた。
今のホームベーカリーになってから数年が経つけど、使い勝手がよいせいか、パン作りが苦にならない。
偶には市販のパンも食べたくなるけど、やはり自宅で焼くパンが一番だな。
レシピはシンプル。
説明書に書かれていたものをそのまま流用している。
気が向けばチョコレートを加えるけど、普段は何も加えず。
そんなシンプルさが良かったのだろう。
未だに飽きないし、美味しいと思える。
こんな些細なことが嬉しい辺り、私は幸せだ。
 

他人の痛みが見えない人達

「ありのままの自分を見て欲しい」
心の中で叫ぶ人は多い。
中には「好き勝手にイメージしても構わない」とおっしゃる人もいるだろうけど、少なくとも私はそうではない。
可能であれば「ありのままの自分」を見て欲しいと思う。
けれど、それは決してたやすくないことは経験上わかっている。
例えば、目の前にいる誰かを「ありのままに」見ているだろうか。
あの人はいつもああいった服装を好んでいるから、きっとああいう人に違いない。
無意識のうちに決めつけがちだ。
だからこそ第一印象が大切となり、「見せたい自分」を演出する技術が必要となる。
「ありのままの自分」を受け容れてもらうこと自体が幻想であり、だったら潔く「見せたい自分」を演じ切るべきだろう。
尤も、そこまで割り切れるほど私は強くないけど。
それにしても「他人に見られる立場」の人は何かと大変だと思う。
なまじ顔が知られているだけに、常に他人の視線を意識せねばならぬ。
勿論彼らにもプライバシーは存在するが、多くの人が「自身のプライバシーは守りたいけど、他人のプライバシーは暴いてみたい」という欲求を持ち合わせている。
それだけでも嘆かわしい話であるが、彼らの多くは一方的なイメージを有名人に押し付け、少しでもそこからずれると「こんな人とは思わなかった」「がっかりした」と平気でのたまう。
同じことを自分がされたら烈火の如く怒る癖に。
要するに、相手の立場になって考えることの出来ない人が極端に増えているのだ。
だからこそ平気で権利を主張し、その癖義務を果たそうとしない。
他人様のことは決して言えない私であるが、少なくとも「自分が言われて嫌な言葉」は人目につかない場所に吐き捨てるようにしている。
本当はそれ自体好ましくなくて、寧ろ美しい言葉で「褒め殺し」すべきなのだが。

物欲を刺激される

Apple Musicは便利であるが、不便な点もある。
手持ちの音源を同期することが出来ないのだ。
そこで購入したのが「T air」。
専用アプリを介してCD音源を取り込むことが可能な機器だ。
おかげで聴きたい音源の全てを取り込むことが出来るが、唯一の不満はWi-Fiが使えないこと。
一時的とは言え、切断されるのは辛い。
一々アルバムデータを取り込むのも手間だし。
そんな折、飛び込んできたのが「CDレコ」発売のニュース。
何と直接iPhoneとの接続が可能になると言うのだ。
これならiPod touchへの取り込みもスムーズ。
これまで以上に音楽を楽しめる。
とは言え、既に似たような機器を持っているし、どうしようか。
物欲は刺激されているのだが。
 
ま、発売まで時間があるので、しばらく悩むことにしよう。

グレーは如何?

カラータイプに関する書を久し振りに読んでいる。
正直くだけすぎているのが気になるが、本質は突いている筈。
そんなことを考えつつ、何ページかを読む。
そこに現れたのは謝罪の際に着るスーツの色。
大抵の場合、グレーがお勧めとある。
これ以上責めてはいけない、かわいそうだ・・・と相手に思わせる為にも適していると言われる。
存在を消す作用があるから謝罪向きと聞いた記憶もある。
事なかれ主義と揶揄されそうだが、相手の怒りを鎮めるにはこれくらい自己主張の無い色が良いのだろう。
当然、ダークグレーは避けた方が良さそうだ。
ところが、これに異を唱えるカラーリストがいる。
立ち読みだけなので詳細はわからないが、その人に言わせると無責任な印象を与えかねないというのだ。
取り敢えず、謝っておけ。
そんなニュアンスが漂うのだろうか。
そこで、誠意を見せる為に相応しいのは紺だという。
きちんと最後まで対応しますよ・・・という姿勢を見せることで相手の怒りを和らげるというのだ。
いや、相手によっては火に油だと思うが。
謝罪する相手の大半は「冷静さを無くしている」。
状況を分析出来るだけの余裕があれば、謝罪に来させるよりも有利な方法を選ぶだろう。
相手が呑まざるを得ない条件を提示し、果たしてどうするのかと詰め寄るのだ。
そんな駆け引きが出来ない程高ぶっている相手に、正論をぶつける紺色は危険だ。
相手が堅実タイプならまだしも、協調タイプであれば却って事態をこじらせる。
(経営者等の立場で協調タイプは少ないと思われるけど、一般人なら高確率でいるような気がする)
であれば、相手の動向を探る意味でもグレーが妥当ではないか。
まずは謝る。
誠意のある対応は相手が落ち着いてからで充分だ。
・・・と想うのだが、どうなんだろうか。
ま、その本買っていないので、この程度のことしか読み取れないのだが。
(カラータイプに関する本は手元にある)

新書を眺める

時間に余裕があったので、駅近くの書店による。
お目当ては新書。
正直、内容が薄っぺらい印象がある。
いや、中身はチェックしていない。
タイトルだけで読む気が失せたのだ。
天邪鬼な私は帯を信じない。
華やかな表紙も信じない。
余計な装飾のない言葉。
それでいてテーマが明確なものを私は読みたい。
一年後には古臭くなる文章よりも、五年経っても考えさせられる文章が良い。
その点、「サイコパス」は興味深かった。
慎重に言葉を選びつつ、自身の考えを述べていく。
そこには学問の裏付けがあり、その上での推測がある。
サラッと読めるけれど、実は何度も繰り返し読まないと理解出来ない内容。
こういう新書こそが購入に値するのだ。
少なくとも私には。
雑誌の延長線にあるような新書もテーマによっては必要だろう。
けれど、この時期じゃないと売れないであろう新書を見ると、何だか悲しくなるのだ。
新書って、そんなに簡単に出版出来るものなの?、と。
それでも、私は新書をチェックする。
時折心を揺さぶるテーマに出会えるから。
 

そして、電子書籍で新書を読む

目的もなく、書店を彷徨い歩くことが好きだ。
一時期は精神世界の本をチェックすることが多かったが、最近は何故か自己啓発本か新書コーナー。
なかなか購入することはないものの、何処か惹かれるモノがあるのだろう。
で、つい先日も興味深い新書を見つける。
購入するのは簡単だが、正直読み終える自信がない。
昔に比べ、読書に浸るだけの気力がないのだ。
それでなくとも読みかけの書が山積みとなっているのに。
その時、自分の中で何かが閃く。
取り敢えず電子書籍版を確認してみよう、と。
ポケットからiPhoneを取り出し、Kinoppyを立ち上げる。
検索した結果、電子書籍版も扱っている様子。
だったら、こっちを購入しよう。
急いで書店を後にして、私は購入手続きを取った。
 
それからひと月以上が経過し、重い腰を上げて私は読み始めている。
決して易しい本ではないが、非常に興味深い。
若かりし頃、手当たり次第に心理関係の新書を読み漁っていたことをふと思い出した。