新書を眺める

時間に余裕があったので、駅近くの書店による。
お目当ては新書。
正直、内容が薄っぺらい印象がある。
いや、中身はチェックしていない。
タイトルだけで読む気が失せたのだ。
天邪鬼な私は帯を信じない。
華やかな表紙も信じない。
余計な装飾のない言葉。
それでいてテーマが明確なものを私は読みたい。
一年後には古臭くなる文章よりも、五年経っても考えさせられる文章が良い。
その点、「サイコパス」は興味深かった。
慎重に言葉を選びつつ、自身の考えを述べていく。
そこには学問の裏付けがあり、その上での推測がある。
サラッと読めるけれど、実は何度も繰り返し読まないと理解出来ない内容。
こういう新書こそが購入に値するのだ。
少なくとも私には。
雑誌の延長線にあるような新書もテーマによっては必要だろう。
けれど、この時期じゃないと売れないであろう新書を見ると、何だか悲しくなるのだ。
新書って、そんなに簡単に出版出来るものなの?、と。
それでも、私は新書をチェックする。
時折心を揺さぶるテーマに出会えるから。
 

そして、電子書籍で新書を読む

目的もなく、書店を彷徨い歩くことが好きだ。
一時期は精神世界の本をチェックすることが多かったが、最近は何故か自己啓発本か新書コーナー。
なかなか購入することはないものの、何処か惹かれるモノがあるのだろう。
で、つい先日も興味深い新書を見つける。
購入するのは簡単だが、正直読み終える自信がない。
昔に比べ、読書に浸るだけの気力がないのだ。
それでなくとも読みかけの書が山積みとなっているのに。
その時、自分の中で何かが閃く。
取り敢えず電子書籍版を確認してみよう、と。
ポケットからiPhoneを取り出し、Kinoppyを立ち上げる。
検索した結果、電子書籍版も扱っている様子。
だったら、こっちを購入しよう。
急いで書店を後にして、私は購入手続きを取った。
 
それからひと月以上が経過し、重い腰を上げて私は読み始めている。
決して易しい本ではないが、非常に興味深い。
若かりし頃、手当たり次第に心理関係の新書を読み漁っていたことをふと思い出した。
 

何気ない言葉から見えてくるもの

毎日のように「あらしみくじ」をチェックしながら、こんなことを思う。
何気ない言葉にも(いや、何気ない言葉だからこそ)その人の本質が見え隠れするものだな、と。
その内容を紹介することは出来ないが、各メンバーがおみくじになぞらえて考えた文面が非常に秀逸。
明らかに堅実要素が前面に出ている人。
創造要素が強いと思われる人。
そして、協調タイプにとってはたまらない文章を書いている人。
勿論、決断要素が強い人に響く言葉も幾つかある。
これらの言葉はランダムに表示される為、全てを把握しているとは到底思えない。
(表示は日替わり)
ただ、堅実要素が強い人はほぼ堅実色が前面に出ているし、時折決断要素もちらついている。
一方、協調タイプが好きそうな言葉を発する人は総じて温かな響きの言葉を綴る。
創造要素が強いと思われる「あの人」の言葉は堅実タイプの人からは煙たがられているに違いない。
そんなことを考えながら読むと、ついニヤリとしてしまう。
かくいう私は協調タイプだが、実は創造要素が強い文体が一番しっくりくる。
きっと本人が思う以上に創造要素が強いのだろう。
そういった視点でインタビュー記事を読んだりすると、異なる何かが見えてきそうだ。

今年の抱負…?

三が日も過ぎ、そろそろ日常に戻る時期。

今年の目標も立てぬまま、今日の日を迎える。

取り敢えず、アドレス帳の整理。

年賀状を見ながら、住所を更新していく。

一握りでいいのだ。

大切にしたい人と繋がっていれば。

さて、今年は何を始めようか。

読みかけの電子書籍に目を通そうか。

それともブログを整理しようか。

もう若くないことに気付いていても、それでも動きたい自分がいる。

まずはアンテナを磨くこと。

それしかないかもしれない。

で、今年は積極的にEvernoteを活用します。

慣れると便利だわ。


iPadから送信

年の瀬なのに。

そういえば、年の瀬だというのに回覧板が回ってこない。
例年だとゴミ収集に関する案内が回ってくる頃だが、現時点ではその気配すらない。
幸い、すぐ近くに掲示板があり、こちらで情報を入手することは出来た。
けれど、肝心の回覧板が回ってこないとは。
何らかの手違いで抜かされたなら仕方がないが、そうでないとしたら…。
恐らく誰かの家で止まっているのだろう。
頼むから大晦日までには回してきてくれ。
連絡がないといえば、カラータイプ協会の更新も確か1月だった筈。
それも月末ではなく、10日である。
以前は封書で案内が届いていたが、昨年からはメールに切り替えたとのこと。
そんなことは露知らずメールアドレスを整理してしまった私は、協会に問い合わせた上でどうにか更新することが出来た。
その後新しいアドレスを登録している筈だが、今日現在更新に関する案内は一切ない。
迷惑メールフォルダも定期的にチェックしているが、明らかに怪しいメールばかりで、それらしきメールは存在せず。
この調子だと、新年早々問い合わせのメールを入れることになりそうだ。
 

眠れない夜

眠い筈なのに眠れない夜。
ラジオを聞きたくとも、好みの番組がない時もある。
そんな夜は音楽を流す。
出来るだけ穏やかで、1時間程度で終わるアルバムを。
そうすることで気持ちも落ち着き、眠りにつくことが出来る。
実はそれすら出来ない夜もあったが、その時はその時。
開き直るしかない。
で、今夜はやけに目が冴えている。
明日のことを考えると眠らなければならないのに。
さて、どうしようか。
 

言葉には責任が伴う

とあるブログのコメント欄を眺めていて、こんなことを感じる。

例え心の中で感じたことでも、そのまま発するのは大人のすることじゃないな、と。

単なる呟きならTwitterで行えばいい。

わざわざコメント欄に不平不満を吐き出すなら、他の場所でぼやけばいい。

それが自分の考えだというなら、もう少し論理的で、8割以上の読み手が「それは一理ある」と唸るような言葉を書けばいい。

明らかにブログ主の人格を否定する言動は感想ですらない。

ストレス発散の為のサンドバック代わりだ。

尤も、当の本人は気付くことがないのだろう。

相手にするだけ無駄。

不本意ながらスルーする力を身に付けるしかない。

それにしても、それなりに年齢を重ねた大人の発言がこの程度なら、彼らが育てた世代もその程度にしかならないわな。

反面教師にするぐらいの強さがあれば別だけど。

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