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社団法人なのに、ね。

最近、とある協会のブログが頻繁に更新されている。

あくまで集客を目的としているから、記載内容も「こういう魅力がありますよ」とか「こういうイベントを行います」といったものが中心。

頑張っているな…と思う反面、内情は火の車かも?と穿った見方をしてしまう自分。

現在は正会員ではあるけど、今後目立った活動をする予定もないし、きっと休会するのだろうな。

更新手続の案内が届いたなら…の話だけど。

事の発端は3年前に遡る。

会員は年に一度更新手続きを取る必要があり、うっかり失念すると会員資格は失効する。

本来であればひと月前には案内の書類が届く筈だが、協会側の手違いにより更新案内は届かなかった。

結果会員資格が失効された訳だが、理由が理由だけに慌てて連絡してきたのは協会側。

既に入金期日は過ぎていたものの、特例で受け付けると記されていた。

その時は更新時期に気付かなかった私にも非があったので、さほど何も感じずに手続きを済ませた。

ところが、である。

私の更新月は毎年12月なのだが、1月に入ってからも更新案内が届かないのだ。

内心「またか…」と呆れながらも、取り敢えずは低姿勢でメールを送ってみる。

すると「今年度より更新案内書類の郵送は廃止しました」とのこと。

まともな組織であれば、きちんと書面にて更新手続きを済ませるものだろうに…と思ったものの、「郵送料を節約しなければならないほど、財政面が厳しい」と解釈し、この時も更新手続きを済ませた。

但し、Facebook等で活動をアピールする記事を見かける度に「内情はどうなのかしら?」と勘繰るようになっていたが。

そして、今回。

例の如く更新月はとっくに過ぎており、相変わらずメールの一つも届いていない。

流石の私も不信感を抱き始め、敢えて年末年始の休暇を狙って「更新案内が届いていませんが、どうなっていますか」との問い合わせをしてみた。

案の定事務的な連絡があり、実は規約が改正されていたことを初めて知る。

会員サイトにアクセスしない私も私であるが、こういう重要なことは事前にメールで伝えるのが筋じゃないのか。

おまけに準会員は廃止されており、正会員か休会かの二択になっている。

要するに「会費さえ払えば」それで良いのね。

一瞬休会することも考えたが、取り敢えずは今年一年様子を見ることにした。

仮に更新案内が届かなくとも、私からは一切連絡は取らないつもりだ。

Mac用Officeを入れる。

必要に迫られ、Mac用のOfficeを入れる。

ソフトは旦那のもので、何とライセンスが二つも残っていた。

だったら使わない手はないね…ということで、新しいMacにも無事インストール。

滅多に使うことはないけど、いざという時には役に立つ筈。

因みにadobeのソフトも複数あったが、こちらはライセンスが一つのみなので、入れたくとも入れられないぞ…と丁重に断った。

尤も、ライセンスが複数であっても断るつもりだけど。

第一、容量を喰うでしょ?

我がMacBook Proには不要なプログラムである。

さて、不本意ながらもインストールされたWordとExcel

早速文書作成にWordを使ったが、思ったよりも使いやすい。

バージョンが古いこと、Mac用であることが幸いしたのか。

何れにせよ、苦手意識は克服。

何故か余っていたキーボードも譲り受け、環境だけは整った。

だったらBlog用文章でも…と一瞬思ったが、流石にそれは無理だろうと判断。

これまで通りiPhoneで作成することにしよう。

このように使い道のないOfficeだが、お守りとしてのインストールなら悪くはない。

先日がそうだったように、ワープロ代わりに使う必要がある時に備え、偶には使い方を確認しておこう。

iPhoneから送信

使い勝手の良い「notebook」

iPhoneで愛用しているアプリがある。

自動的に文章等を保存してくれる優れもので、移動中に打ち込んだものを数時間後に書き直せる点が私にはありがたい。

しかもiPad miniとも同期出来る。

これは利用しない手はない。

ということで、ブログの文章は専らこのアプリで打ち込んでいるが、何とMac用のアプリも公開されていることがわかった。

同じアカウントでログインするだけで複数の機器で文章が同期出来る。

Evernoteのような使い方は出来ないものの、私のようにブログ更新用に利用する分には申し分のないアプリだ。

そのアプリの名は「notebook」。

用途ごとにノートを作成出来るし、表紙だって変更出来る。

自分にしかわからないメモもアプリ内で保存している。

勿論、パスワードを設定することも可能。

これまで複数のメモアプリを利用してきたが、使い勝手の良さではピカイチではないだろうか。

デフォルトのメモも嫌いじゃないが、デザイン重視の私としてはもはや手放せない。

そんなアプリがMacにも対応していて、本当に良かった。

Macユーザーになって良かった、と心から思っているよ。

iPhoneから送信

radikoプレミアムに嵌ってます

radikoプレミアムを利用している。

どうしても聴きたい番組があって、でもリアルタイムで聴くことが出来なくなって。

泣く泣くドコデモFMを解約したのが3月末。

ま、Podcastでも聴けるのだけど、やはり生が良い。

そんな折飛び込んできたのがradiko加入のニュース。

しかもタイムフリー対応だなんて、最高じゃないですか!

ということで、先月からプレミアム会員。

新旧iPhoneが2台あるので、ちゃっかり2回楽しんでいる。

他にも聴きたい番組を聴いたりして、自分的には満足。

でも、何故に地元の番組を聴かないのだろうね?

リアルタイムで聴いてはいても、タイムフリーで聴きたい番組がないのは事実。

それより面白い番組はあるよ、と主張したい気分になる。

さてと。

今日は何を聴きましょうかね。

iPhoneから送信

バッテリーを交換します。

正直、予感はしていた。

今週中には交換品が届くのではないか、と。

案の定、移動中の地下鉄車内でApple Storeからのメールを見た。

部品(と記されているが、iPod touch本体である)が届いたそうな。

何だよ、もっと早くに連絡してくれたならば今日のうちに引き取りに行ったのに。

連休中には届くと思っていたが、予想以上に早い対応だぞ。

ま、良いけど。

既に初期化をした後なので、バックアップを取るほどの状態ではない。

ほぼ空っぽだ。

どうせ現地で初期化するのだが、それでも空っぽにしておくに越したことはない。

そして明日、私は新しいiPod touchを手にする。

どういう使い方をするのが妥当か、じっくり考えるさ。

iPhoneから送信

庶民なんだから、値札はちゃんとチェックしないと。

値札を見ずに買い物する。

ずば抜けたお金持ち〔若しくは金銭感覚が狂った人)にのみ許された特権であり、大多数の庶民にとっては夢のような話だ。

しかもプライベートな買い物は節税対策にすらならない。

税金すら気にせず生きていける辺り、やはり我々とはかけ離れた世界の人なのだろう。

…などと本気で思っていた。

そう、昨日ある商品を予約するまでは。

私の場合、金額は微々たるものだ。

お金持ちの皆様の足下にも及ばない。

けれど、自分が何も確認していなかった事実には心底驚いたし、流石に詳細について確認をとったさ。

その買い物というのは、某アイドルのライブBlu-ray

これまでの経験上、初回限定版が存在するのはわかっていたので、この時も迷うことなくそちらをチョイス。

その後確認メールが届いたのだが、この時やけに請求額が高いのに気がつく。

ただ、この時点では何もしていない。

私が慌てたのは初回限定版と通常版の違いをWEBで確認した時の話だ。

その詳細を知った時、ミーハーな私は両方欲しいと思った。

思ったけど、予算には限りがある。

果たして大丈夫かしら?と不安になり、初めて予約内容を確認したのだ。

その時初めて、自分が二種類共予約していたことに気付いた。

いつもより高く感じたのは二本纏めて予約をしたからだった。

〔しかもセット価格は少しだけお得)

やれやれと安堵したのはいうまでもないが、それ以上に内容も確認せずに予約をしてしまったことに少なからずショックを受けている。

というか、大丈夫か、自分?

庶民たるもの、しっかり値札を確認せねばと痛感した出来事でもあった。

iPhoneから送信

ananの表紙を見て、我思う。

多くの男性が性的対象としてグラビアを見るように、女性もまた、性的対象として男性芸能人を見ることがある。
恐らくはカメラマンの指示により、何とも言えない雰囲気を漂わせる男性たち。
誘うような視線でこちらを見るから、興味のない私でも一瞬ドキッとする。
と同時に、彼もまた「商品」として扱われていることに気付く。
私たちが欲するのは「自分が好きな」男性像であり、そこから少しでも逸脱した途端過剰なまでに反応するのだ。
そこに「人格」はない。
芸能人である以上、普通の生活など諦めなければならないのだ。
それが良いか悪いかは別として。
かくいう私も「商品」としてのアイドルを愛でる一人。
無意識のうちに彼らの人格を破壊し、「商品」を演じきることを求めているのだ。
時に「プロ意識」という名のオブラートに包み込んで。
 
 
考えただけで寒気がしてきた。
 
 
果たして「他者」を「人間」として扱える人はどれだけいるのだろう?
多くの人にとってそれは「人形」であり、「血の通った人間」ではない筈だ。
(この件について深く考えるだけの余裕と知性が私にはない。ただ、感覚的にそう感じたまで。)