読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

それでも赤は魅力的

iPhone7の新色が発表された。
噂通りの赤である。
SIMフリーなので、その気になれば現在使用しているSIMを差し込むことも出来る。(多分)
だったら、二台目のiPhoneとして手元に置いておきたい。
そんなことを本気で考えている。
但し、今回狙っているのはiPhone7plusの方。
老眼の私にとって、iPhone7の画面は少し小さすぎる。
何かを調べる時には決まってiPad miniを手元に置くし、それですら文字を拡大している。
老いるとはこういうことなのだよ。(泣)
だからこそ、前回購入時も少しだけ悩んでみた。
持ち歩きを考えるとiPhone7が最適だが、老眼対策にはやはりplusが必要なのだ。
幸い、我が家にはwifiがある。
自宅専用と割り切れば、SIMなしでもどうにかなる。
さて、どうしようか。
 
…と書いてはみたものの、恐らく購入することはない。
決して安くはないものだし、しかも選択肢が128GBと256GBの二つしかないのだから。
せめて32GBがあれば良かったのに。

外見だけでは何もわからない

第一印象だけで相手の本質を読み取る。
そんな夢のようなことが出来るならば、どれ程楽なことか。
勿論あながち間違えではないだろうし、それなりに経験を積めば相手の人となりを推測することは出来るだろう。
けれど、中には(無意識のうちに)相手を攪乱する人もいる訳で。
それ故、物事には「絶対」の二文字など存在しない。
一例をあげよう。
私は典型的な協調タイプであるが、フリルのついたドレスは苦手である。
決してストレートな体型ではないが、どちらかといえばシンプルなデザインを好み、色も発色の良いものが好きだ。
具体的には鮮やかな赤や紫、オレンジなどを好んで取り入れる。
苦手なのは白。
病人になるので、極力身に着けない。
幾何学模様のシャツが好きで、若い頃は毎日のように着用していた。(制服のある会社に勤めていた)
流石に足元は黒が多いが、可能であれば赤や黄色のカラータイツを積極的に取り入れる。
アクセサリーはゴールド派。
鞄は機能性を重視し、現在持ち歩いているのもメンズ仕様の鞄。
因みに、今日の服装はグレーのジャケットにトレーナー。ピンクのカーディガンにベージュのスカート。黒いタイツにスニーカー。濃紺の鞄を持ち歩いている。
そんな私が買い物をする為にお店に立ち寄ったとする。
販売員であるあなたはどういった対応をすべきだろうか。
協調タイプ向けの接客か、はたまた決断タイプ向けか。
間違っても堅実タイプ向けの接客を受けることはないだろうし、創造タイプ向けの接客も考えにくい。
カラータイプの知識が皆無であれば「普段通りの接客」をするだろうし、知識があれば「協調タイプに響く言葉(若しくは決断タイプに響く言葉)」で接してくれるだろう。
でも、本音を言えば「どれも響かない」。
基本単独行動を好むせいか、必要以上に話しかけられること自体がストレスになるのだ。
逆に、絶妙なタイミングで話しかけてもらうと「この人から購入したい」と本気で思う。
このように「人を選ぶ」辺りは典型的な協調タイプだけど、外見だけでは読み取れない筈。
事実、カラータイプの知識を持ち合わせた人でさえ「本当に協調タイプ?」と言うのだから。
(でも、協調タイプです。それも典型的な。)
 

誤字脱字に誤変換。

誤字脱字ほど情けないものはない。
間違いやすい熟語であればまだしも、恐らく小学校で習ったであろう漢字を間違えた日には舌を噛み切って死んでしまいたいとさえ思う。(勿論、嘘である)
それでも自分で間違いに気付いた時はいい。
恥を忍んで修正すれば済む話だし、運が良ければ誰も気付いていない。
ところが、心優しい誰かがやんわりと指摘してくれることがある。
きっとその人も言葉を選び、こちらを傷つけないよう配慮してくれたのだろう。
その気持ちはとても嬉しいが、却って傷口が深くなるのは何故か。
かといって、問答無用に「間違っています!」と指摘されるとつい激昂するから、人間というのは性質が悪い。
何れにせよ、誤字脱字はない方が良い訳で、それ故私たちは出来上がった文章等を真剣にチェックする。(そして、見落とす)
これがブログの文章なら、素知らぬ顔で修正も可能だろう。
誰かに指摘されて、こっそり書き直すことも。
ところが、それが許されない状況が幾つもある訳で。
どうでもいい話としては、ブログ等のコメント欄。
せいぜい「この人、漢字も知らないのね」と嘲笑される程度。
ま、人によっては侮蔑に値するようだが。
それはともかく、一個人のちょっとした間違い(その多くは誤変換)はカワイイものだが、正直洒落にならないのが店頭に掲げられた広告等。
つい先日も、「6等分」と書くべきところを「6当分」としていた張り紙を見かけたばかり。
張り紙は手書きで、二日ほどはそのままだったが、いつの間にか修正されていた。
他には「要請」を「妖精」、「支給」を「子宮」としてしまったメッセージも。(因みにこれは業務用のLINEに送られた文章とのこと)
人工知能が発達してきたとはいえ、私たちが打ち込もうとする言葉までは読み取れない以上、変換の際には細心の注意が必要なのだろう。
ところで、本日業務用パソコンにて発生した誤変換が何とも情けないので、最後に紹介することにする。
私は「新入社員」と打ちたかったのだが、画面に表示された文字は「侵入社員」だった。
文節を分けて入力したのが災いしたらしいが、これまで「侵入」なる言葉を打ち込んだことはない筈。
決して間違いではないけど、他の選択肢があったでしょ?とIME君を問い詰めたい気持ちになったのは確かだ。

春なのに。

何となく気持ちが晴れない。
読書を楽しむ気にもなれない。
読みかけの本はたくさんあるし、電子書籍だって。
書店に足を運んだところで、購入する勇気がない。
どうしたものか。
 
こんな時は写真集でも眺めてみようか。
例えば、猫。
例えば、自然。
心が前を向く日まで静かに過ごそうか。
 
それにしても、購入意欲がそそられない新書が増えた気がする。
昔はもっと濃かった気がする。
イムリーな内容だけに薄っぺらいのかも。
そんなことを思う、3月の夜。

ささやかな幸せ。

今日もパンが焼けた。
今のホームベーカリーになってから数年が経つけど、使い勝手がよいせいか、パン作りが苦にならない。
偶には市販のパンも食べたくなるけど、やはり自宅で焼くパンが一番だな。
レシピはシンプル。
説明書に書かれていたものをそのまま流用している。
気が向けばチョコレートを加えるけど、普段は何も加えず。
そんなシンプルさが良かったのだろう。
未だに飽きないし、美味しいと思える。
こんな些細なことが嬉しい辺り、私は幸せだ。
 

他人の痛みが見えない人達

「ありのままの自分を見て欲しい」
心の中で叫ぶ人は多い。
中には「好き勝手にイメージしても構わない」とおっしゃる人もいるだろうけど、少なくとも私はそうではない。
可能であれば「ありのままの自分」を見て欲しいと思う。
けれど、それは決してたやすくないことは経験上わかっている。
例えば、目の前にいる誰かを「ありのままに」見ているだろうか。
あの人はいつもああいった服装を好んでいるから、きっとああいう人に違いない。
無意識のうちに決めつけがちだ。
だからこそ第一印象が大切となり、「見せたい自分」を演出する技術が必要となる。
「ありのままの自分」を受け容れてもらうこと自体が幻想であり、だったら潔く「見せたい自分」を演じ切るべきだろう。
尤も、そこまで割り切れるほど私は強くないけど。
それにしても「他人に見られる立場」の人は何かと大変だと思う。
なまじ顔が知られているだけに、常に他人の視線を意識せねばならぬ。
勿論彼らにもプライバシーは存在するが、多くの人が「自身のプライバシーは守りたいけど、他人のプライバシーは暴いてみたい」という欲求を持ち合わせている。
それだけでも嘆かわしい話であるが、彼らの多くは一方的なイメージを有名人に押し付け、少しでもそこからずれると「こんな人とは思わなかった」「がっかりした」と平気でのたまう。
同じことを自分がされたら烈火の如く怒る癖に。
要するに、相手の立場になって考えることの出来ない人が極端に増えているのだ。
だからこそ平気で権利を主張し、その癖義務を果たそうとしない。
他人様のことは決して言えない私であるが、少なくとも「自分が言われて嫌な言葉」は人目につかない場所に吐き捨てるようにしている。
本当はそれ自体好ましくなくて、寧ろ美しい言葉で「褒め殺し」すべきなのだが。

物欲を刺激される

Apple Musicは便利であるが、不便な点もある。
手持ちの音源を同期することが出来ないのだ。
そこで購入したのが「T air」。
専用アプリを介してCD音源を取り込むことが可能な機器だ。
おかげで聴きたい音源の全てを取り込むことが出来るが、唯一の不満はWi-Fiが使えないこと。
一時的とは言え、切断されるのは辛い。
一々アルバムデータを取り込むのも手間だし。
そんな折、飛び込んできたのが「CDレコ」発売のニュース。
何と直接iPhoneとの接続が可能になると言うのだ。
これならiPod touchへの取り込みもスムーズ。
これまで以上に音楽を楽しめる。
とは言え、既に似たような機器を持っているし、どうしようか。
物欲は刺激されているのだが。
 
ま、発売まで時間があるので、しばらく悩むことにしよう。